
第4回 「一日ひとほめ」
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無題ドキュメント
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私は以前から日本の古い格言が大好きで、日々の会話の中にもよく取り入れて、一寸教訓めくのですが、別に「そんなふるい言葉は・・・」などと敬遠されるようなこともないのです。その一つの例の「一日一善」とか「小人閑居して不善をなす」などは、自分用に変えて「老人閑居して更に老人になる」などとして、朝な夕なにつぶやいております。
これは主人に先立たれ、仕事からもリタイヤしてしばらくは身の置き所もなく、夜になるとドアのノブのカチャリという音を聞いたような気がして、あ、彼が戻ってきたと思ったり、街を歩いて、ふと人混みの中に主人の姿を見つけたりが続いて、どうしてこの独り身の一日を過ごそうかという思いにあけくれていた日々が続いていました。お化粧もせずに。
そんなある日、ふと鏡を見ると、見も知らぬ老女が老いに向かって全速力で落ち込んでいきつつある悲しく哀れな姿を発見しました。これこそ「閑居して更に老いる」でした。
それからの三ヶ月位、閑居から脱出すべく大努力をしていた頃のある日、私は以前より早起きして、仕事を持っていた頃のように一寸おめかしもして、日本の妹にご機嫌伺いを兼ねてアメリカ製のアクセサリーを郵送すべく近くの郵便局に持って行く為に、そろそろ朝のラッシュアワーが過ぎた頃のバス停近くの通りを歩いている時でした。
ふと朝の空気の中に私も知っているシャネルNo5のコロンの香りが流れて、私はおやと思って回りを見回すと、私の横を通り過ぎた後姿の美しい若い女性に気がつきました。背丈は170cm、ハイライトを上手に入れた肩までのブロンドで、薄手のウールのジャケットに最近流行の淡色のジーンズもぴったり。手に持った金具のいっぱいついたハンドバック、スニーカーもかかとの部分にHのマークの入った上等品。後姿の美しさに、私は思わず追いかけて「Excuse
me.」と声をかけました。「え?」と言って振り返った彼女が、これまた美女。老若男女は言わずもがな、ベビーでも美型が大好きな私は嬉しくなって、「貴女の今日のいでたちは『Top
からToe』まで素晴らしいわ。ジャケットのデザイナーは誰?」(これは長い間ファッションの世界で苦労した私は、服を見ればデザイナー物かそうでないか位を見分ける目はまだ持っていて90%は当りなのです)。
その美女はよく揃った白い歯を見せた片笑いで、「Valentino」と一寸嬉しそうに答えてくれました。私は「でしょうね。縫製といいカットといいパーフェクトね。殊に肩のあたりのフィットの具合は素晴らしいわ」というと彼女はますます華やかな笑顔で「ありがとう、今夜家に戻った時あなたにほめられたこと、主人に伝えるのが楽しみよ。だってこのジャケットを買った時、彼に値段が分かってしまってね、『どうしてそんなスポーツウェアに高い金を出すのか分からない。“J・C”とか“B・R”とかで四分の一くらいの値段でそっくりなものが買えるのに』と文句言われて、『違うわよ、見る人が見れば分かるのよ』と言い返したの。貴女がその“見る人が見れば・・・”よ。今朝はとても仕合せよ、ありがとう」というと、丁度近づいたバスに向かって走り出したのです。
その駆け方の美しさにもまたまた見とれていると、突然立ち止まって振り返った彼女が、私に向かってかなり大きな声で「貴女だってなかなかすてきよ」と八十歳に向かって、うれしい台詞を残してバス停近くの人混みに消えました。
私はその日一日中何やら楽しく、一寸したほめ言葉が、こんなにも人を仕合せにして、私も良い一日の始まりを味わった時、それ以来街に出るたびに、私は一日一度は必ずだれかをほめること、つまり“一日ひとほめ”を実行しています。
あなたもやってごらんになることをおすすめします。世の中が輝いて見えます。
(2006年3月) |
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